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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)274号 判決 1998年5月13日

仙台市青葉区川内(番地なし)

原告

財団法人半導体研究振興会

代表者理事

緒方研二

訴訟代理人弁護士

吉澤敬夫

同弁理士

平山一幸

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

高瀬博明

井上雅夫

内藤照雄

小川宗一

主文

特許庁が、平成5年審判第16417号事件について、平成6年9月26日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨。

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和59年8月22日、名称を「光トリガ・光クエンチ静電誘導サイリスタ」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、特許出願(特願昭59-175734号)をしたが、平成5年6月23日に拒絶査定を受けたので、同年8月19日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を、平成5年審判第16417号事件として審理した上、平成6年9月26日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月7日、原告に送達された。

2  本願発明の特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下「本願第1発明」という。)の要旨

単一ゲート形静電誘導サイリスタと、そのゲートに接続された第一及び第二の光感応素子と、第一の光感応素子へ第一の光トリガ信号を照射する光源及び伝送媒体手段と第二の光感応素子へ第二の光クエンチ信号を照射する光源及び伝送媒体手段とから構成され、第一の光トリガ信号によって該単一ゲート形静電誘導サイリスタのゲートにトリガパルスが与えられてターン・オンされ、第二の光クエンチ信号によって該単一ゲート形静電誘導サイリスタのゲートにクエンチパルスが与えられてターン・オフされることを特徴とする光トリガ・光クエンチ静電誘導サイリスタ。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願第1発明が、特開昭55-128870号公報(以下「引用例」といい、そこに記載された発明を「引用例発明」という。)に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願第1発明の要旨の認定及び引用例発明の認定は、いずれも認める。なお、審決における本願第1発明と引用例発明との対比の認定(審決書4頁13行~5頁19行)は明瞭でないが、被告の主張するとおり、本願第1発明においては、ゲートへの制御信号が連続的でない比較的短いパルスであるのに対し、引用例発明では、その制御信号が相補的な関係、すなわち、一方が「オン」状態のとき他方は必ず「オフ」状態にある点で両発明が相違することは、争わない。

審決は、静電誘導サイリスタの一般的技術を誤認した結果、本願第1発明と引用例発明との上記相違点の判断を誤ったものである(取消事由)から、違法として取り消されなければならない。

1  審決は、相違点の判断において、本願出願前の一般的な技術として、「静電誘導サイリスタのように本来がラッチングアップ型のスイッチングデバイスは、連続的制御信号を与えなくとも、スイッチング状態が遷移するに十分な時間幅のパルス状の制御信号を与えることにより、ターン・オン乃至ターン・オフすることができるものである」(審決書6頁5~10行)と判示する。しかし、上記の技術は、本願出願前一般的ではなく、本願第1発明において開示した技術によって初めて可能となったものであるから、上記の判示は、誤りである。

すなわち、静電誘導サイリスタは、ラッチングアップ型のスイッチングデバイスではあるが、「ラッチングアップ」とは、電力素子のうちのサイリスタ、GTO(ゲート・ターン・オフ・サイリスタ)、静電誘導サイリスタなどがターンオンした後にオン状態を維持することに限って用いられる用語であって、ターンオフやオフ状態の維持について用いられる用語ではない。被告は、静電誘導サイリスタが「ラッチングアッブ型のスイッチングデバイス」であることから、「連続的に制御信号を与えなくても、スイッチング状態が遷移するに十分な時間幅のパルス状の制御信号を与えることにより」制御できるものと誤解したものである。

そして、被告も自認するとおり、静電誘導サイリスタのうちで、一般的なノーマリオン型と呼ばれるタイプのものは、ゲートに印加した逆電圧(負電圧)を取り除くと、それだけでターンオンしてしまうから、オフ状態を維持するためには、ゲートに負の電圧を印加し続ける必要があり、ノーマリオフ型と呼ばれるタイプのものでも、現実の実用条件下では、ゲートに逆電圧が加えられるか、カソードと同電位にバイアスされていないと、ターンオンするか、オン状態を持続してしまうのである。つまり、「スイッチング状態が遷移するに十分な時間幅のパルス状の制御信号を与える」だけでは、静電誘導サイリスタのオン・オフを任意に制御できないのであり、このことは、技術文献であるオーム社発行「最新パワーデバイス活用読本」(甲第20号証、以下「本件技術文献」という。)にも記載されるところである(なお、上記文献は本願第1発明出願後の刊行であるが、その記載は客観的事実であるから、頒布の時期を問わないものである。)。

被告は、特開昭58-198888号公報(乙第9号証)に基づき、回路状態によってはゲートに短い時間幅のパルスを与えて制御できる静電誘導サイリスタが存在すると主張するとともに、ラッチングアップ型のスイッチングデバイスであるGTOでは、ゲートに短い時間幅のパルスを与えることによりターンオフすることは周知であると主張する。

しかし、これらの被告の主張は、審決における理論構成及び認定とは異なり、審判において審理されていない拒絶理由を追加するものであって、違法である。しかも、上記公報に記載の発明は、共振型並列インバータを応用した高周波誘導加熱装置に関するものであり、短いパルス信号で制御できるのはその回路特性によるものであるから、本願第1発明のように一般的な回路に適用できる技術ではない。また、GTOは、ゲートでターンオフ制御することはできるが、静電誘導サイリスタと同様に、オフ状態に移行後その状態を維持するためには、ゲートに逆電圧が加えられるか、あるいはカソードと同電位にバイアスされていないと、ターンオンしてしまうので、ゲートにパルス状の制御信号を与えるだけでは、制御できないものである。

そして、引用例発明においては、パルス状の制御信号で静電誘導サイリスタの制御を行っているのであるが、その「パルス」は、「相補的」なパルス信号、すなわち一方が「オン」状態のとき他方は必ず「オフ」状態の信号であり(甲第8号証4頁左下欄18行~右下欄7行)、静電誘導サイリスタを遮断させるためにゲートに逆電圧のバイアスが継続的に印加されている。

これに対して、本願第1発明においては、「トリガ」、「クエンチ」と呼ばれる相補的な関係にない短い幅のパルスで制御信号を行うものであって、ターンオフ後に静電誘導サイリスタのオフ状態が確立した後には、光感応素子に対する光照射を止めるものであり、従来に比べて極めて高速なスイッチング動作を実現している。

したがって、引用例発明と本願第1発明とは、静電誘導サイリスタの制御についての技術思想を異にしており、引用例発明の構成から本願第1発明の構成を想到することは容易ではないから、これに反する審決の判断(審決書6頁11行~7頁5行)は、誤りである。

2  被告は、本願第1発明と引用例発明とは回路構成自体に差異はないと主張する。

しかし、本願第1発明と引用例発明とは、回路構成も作用効果も、明らかに異なっている。すなわち、引用例発明の回路において用いられている制御用の光感応素子は、基本的に2端子であるのに対し、本願第1発明の回路において用いられている制御用の光感応素子は、全て3端子であることが、本願明細書において明確に定義されている。そして、本願第1発明では、光感応素子が3端子であることにより、光感応素子のゲートにバイアス抵抗を設けることができ(甲第2号証第3図)、クエンチ用光感応素子に光があたっていないオフ状態においても、抵抗値をコントロールすることが可能となり、光感応素子を介してわずかなゲート逆電流が流れることによって、静電誘導サイリスタをオフ状態に維持するためのゲート電圧を加えることができるのである(同号証14頁8~11行、15頁3~8行)。

また、被告は、引用例発明の技術内容のために、乙第2~第5号証を引用するが、これらは、引用例発明に関係する書証であっても、拒絶理由となった引用例そのものではなく、しかも本願出願後に提出され、あるいは刊行された書類であるから、これらに基づいて引用例発明を認定することは許されない。

なお、被告が、引用例発明においても短い時間幅のパルスによる制御が可能であることの根拠とする、本願の出願当初の明細書及び図面(甲第2号証、以下、補正により削除された部分を含むときは「当初明細書」という。)第1図(b)による従来の技術の説明は、誤りであったので、平成5年9月20日付け手続補正書(甲第15号証)により削除した。このような削除された誤記に基づく被告の主張は失当である。

さらに、被告は、引用例第4図(d)の回路において、光感応型半導体素子の静電容量を工夫することにより、本願第1発明と同様に短い幅のパルスによりターン.オフが可能であると主張するが、引用例発明は相補的光照射を前提としているので、被告の主張するような回路要素は記載されていない。しかも、引用例第4図(d)に示された構成は、カソード・ゲート間がコンデンサによって直流的に遮断された状態であり、飽和電流が流れないため、遮断状態にある静電誘導サイリスタのゲートの電位は、アノードからの電位によって直ちに正方向の電圧にバイアスされ、ターンオンしてしまうから、被告の解釈は誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告の主張の審決取消事由は理由がない。

1  本願第1発明及び引用例発明のいずれにおいても、静電誘導サイリスタのゲートに制御のために与えられる光信号は、それぞれ2つあり、一方は、静電誘導サイリスタをオン(導通)するためのものであり、他方は、静電誘導サイリスタをオフ(遮断)するためのものであるから、本願第1発明における各光信号と引用例発明における各光信号とは性質の異なるものではない。ただし、本願第1発明においては、制御信号であるトリガパルス及びクエンチパルスが、連続的でない比較的短い時間幅のパルスであるのに対し、引用例発明では、ゲートに与えられる制御信号が、相補的な関係にある点で相違するものである。

この相違点の判断に関して、静電誘導サイリスタのうちで、一般的なノーマリオン型では、ゲートに印加した逆電圧(負電圧)を取り除くと、それだけでターンオンしてしまうから、オフ状態を維持するためには、ゲートに負の電圧を印加し続ける必要があること、ノーマリオフ型では、特殊な条件下においては、オフ状態となった後ゲートを開放状態としても、オフ状態を維持するように動作する場合もないわけではないが、現実の実用条件下では、ゲートに逆電圧が加えられるか、カソードと同電位にバイアスされていないと、ターンオンするか、オン状態を持続してしまうこと、このような性質が、静電誘導サイリスタの一般的性質であることは、いずれも認める。

しかし、特開昭58-198888号公報(乙第9号証)には、本願出願前に、回路状態によってはゲートに短い時間幅のパルスを与えて制御できる静電誘導サイリスタが存在することが開示されており、審決は、このことを前提として、引用例発明においても、ゲートに短い時間幅のパルスを与えて制御することを容易に採用し得ると判断したものである。

また、審決は、静電誘導サイリスタをラッチングアップ型のスイッチングデバイスの一例として例示したにすぎず、同じくラッチングアップ型のスイッチングデバイスであるGTOでは、ゲートに短い時間幅のパルスを与えることによりターンオフすることは周知である(甲第29、第30号証参照)から、GTOと動作特性が類似する静電誘導サイリスタにおいても、同様に判断できるものである。

2  そもそも、本願第1発明と引用例発明とは、静電誘導サイリスタのゲートに与える制御信号態様及び動作態様について、表現あるいは規定上の差異があるものの、回路構成自体は同じであるから、本願第1発明が短い時間幅のパルスによる動作が可能であれば、当然、引用例発明も短い時間幅のパルスによる動作が可能となるはずである。原告は、引用例発明の回路において用いられている制御用の光感応素子は、基本的に2端子であり、本願第1発明の回路において用いられている制御用の光感応素子は、全て3端子であると主張するが、本願明細書の特許請求の範囲第1項には、光感応素子に全て3端子の半導体素子を用いるとの限定はないから、原告の上記主張は、特許請求の範囲の記載に基づかないものである。

また、当初明細書の各記載(甲第2号証明細書7頁3~6行、7頁8行~8頁8行、36頁2~4行)及び図面によれば、同明細書第1図(a)で示された従来形光トリガ・光クエンチSIサイリスタの回路構成例は、トリガ用光パルスLT11に対応した「トリガパルス」(VLT13)とクエンチ用光パルスLQ12に対応した「クエンチパルス」(VLQ14)である短い時間幅のパルスによって、オン・オフ動作が可能であることを示唆しているものと認められ、この第1図(a)で示された従来形光トリガ・光クエンチSIサイリスタの回路構成例は、引用例記載のものである。しかも、引用例である公開公報に掲載された特許出願の公告公報(乙第5号証)には、静電誘導サイリスタが短い時間幅のパルスによってオン・オフが可能である旨が明確に記載されている(同号証6欄41行~7欄3行、11欄13行~12欄2行)。このことは、引用例発明に係る審判請求理由補充書、意見書及び昭和63年9月8日付け手続補正書の各記載(乙第2号証別紙2頁15行~3頁11行、乙第3号証別紙3頁20行~4頁6行、乙第4号証別紙6頁2~7行)からも裏付けられるものである。

さらに、引用例発明の回路においては、光感応型半導体素子Dの静電容量を工夫することにより、本願第1発明と同様に短い幅のパルスによりターン・オフが可能である。すなわち、引用例には、同第4図(a)に関して、「光照射が切れると、Dは遮断状態になる。SITサイリスタのゲート・ソース間容量にくらべて、Dの静電容量を十分小さくしておけば、SITサイリスタのゲートには殆んど電圧が加わらないから、SITサイリスタは導通状態に遷移する。」(甲第8号証4頁左下欄4~9行)と記載されているが、このようにDの静電容量を小さくするのは、光照射のないとき自動的に導通状態へ移行することが必須だからである。しかし、同第4図(d)の回路においては、自動的な導通状態への移行は必須でなく、光感応素子(D1)の静電容量は特に限定されていないから、その静電容量をゲート・ソース間容量に比べて十分大きくできることは明らかである。そして、このようにした状態では、光照射が切れて光感応素子が遮断状態になっても、ゲート・ソース間には十分な逆バイアス電圧がかかることになり、結局、短い時間幅のパルスによりターンオンないしターンオフが可能となる。

以上のとおり、引用例発明においても、スイッチング状態が遷移するに十分な時間幅のパルス状の制御信号を与えるだけで、静電誘導サイリスタのオン・オフを任意に制御できるものである。

したがって、審決の相違点についての判断に、結果として誤りはない。

第5  当裁判所の判断

1  審決の理由中、本願第1発明の要旨の認定、引用例発明の認定、本願第1発明においては、静電誘導サイリスタのゲートに制御のために与えられるトリガパルス及びクエンチパルスが、連続的でない比較的短い時間幅のパルスであるのに対し、引用例発明では、ゲートに与えられる制御信号が、相補的な関係にある点で、両発明が相違することは、いずれも当事者間に争いがない。

また、静電誘導サイリスタが、ラッチングアップ型のスイッチングデバイスであること、静電誘導サイリスタのうちで、一般的なノーマリオン型では、ゲートに印加した逆電圧(負電圧)を取り除くと、それだけでターンオンしてしまうから、オフ状態を維持するためには、ゲートに負の電圧を印加し続ける必要があること、ノーマリオフ型では、特殊な条件下においては、オフ状態となった後ゲートを開放状態としても、オフ状態を維持するように動作する場合もないわけではないが、現実の実用条件下では、ゲートに逆電圧が加えられるか、カソードと同電位にバイアスされていないと、ターンオンするか、オン状態を持続してしまうこと、このような性質が、静電誘導サイリスタの一般的性質であることは、いずれも当事者間に争いがなく、これらのことは、本願第1発明出願後に刊行された本件技術文献(甲第20号証)によっても、客観的事実として認められるところである。

このように、静電誘導サイリスタがラッチングアップ型のスイッチングデバイスであるとしても、そのノーマリオン型では、ゲートに短い時間幅のパルスを与えても原理的にターンオフできず、ノーマリオフ型でも、現実の実用条件下ではターンオフできないことが静電誘導サイリスタの一般的性質であるとすると、審決が、相違点の判断において、「静電誘導サイリスタのように本来がラッチングアップ型のスイッチングデバイスは、連続的に制御信号を与えなくとも、スイッチング状態が遷移するに十分な時間幅のパルス状の制御信号を与えることにより、ターン・オン乃至ターン・オフすることができるものである。」(審決書6頁5~10行)と静電誘導サイリスタの一般的性質を判断したことは、誤りといわなければならない。

被告は、特開昭58-198888号公報(乙第9号証)には、本願出願前に、回路状態によってはゲートに短い時間幅のパルスを与えて制御できる静電誘導サイリスタが存在することが開示されており、審決は、このことを前提として、引用例発明においても、ゲートに短い時間幅のパルスを与えて制御することを容易に採用し得ると判断したと主張する。

しかし、審決は、前示のとおり、静電誘導サイリスタの一般的性質として、短い時間幅のパルスで制御可能である旨を判断しており、静電誘導サイリスタが特定の回路状態によっては短い時間幅のパルスで制御できる旨を判示するものではない。しかも、上記公報に開示された発明は、共振型並列インバータを応用した高周彼誘導加熱装置に関するものと認められ、この公報の記載のみによって静電誘導サイリスタの一般的性質が裏付けられるとはいえないから、被告の上記主張を採用する余地はない。

また、被告は、審決が、静電誘導サイリスタをラッチングアップ型のスイッチングデバイスの一例として例示したにすぎず、同じくラッチングアップ型のスイッチングデバイスであるGTOでは、ゲートに短い時間幅のパルスを与えることによりターンオフすることは周知であるから、GTOと動作特性が類似する静電誘導サイリスタにおいても、同様に判断できると主張する。

しかし、静電誘導サイリスタの一般的性質としては、前示のとおり、短い時間幅のパルスによる制御が困難であり、ラッチングアップ型のスイッチングデバイスの一例であるGTOにおいて、仮に、短い時間幅のパルスによりターンオフし、それを継続することが可能であったとしても、そのことによって、静電誘導サイリスタの上記一般的性質が左右されるものでないことは明らかである。しかも、審決においては、GTOについて全く言及するところがない。したがって、被告の上記主張も採用できない。

2  被告は、本願明細書の特許請求の範囲第1項に、光感応素子として全て3端子の半導体素子を用いるとの限定はなく、本願第1発明と引用例発明とは、回路構成自体は同じであるから、本願第1発明が短い時間幅のパルスによる動作が可能であれば、当然、引用例発明も短い時間幅のパルスによる動作が可能となるはずであると主張する。

この回路構成に関して、本願第1発明の特許請求の範囲に、光感応素子が3端子素子として用いられることは記載されていないが、本願明細書では、「第1図に示す回路の光感応素子として、高速・高感度の静電誘導ホトトランジスタ(SIPT)、静電誘導ホトサイリスタ(SIPThy.)、及びSIPTとSIPThy.の複合回路」(甲第2号証明細書12頁13~16行、甲第15号証別紙7頁12~14行)等を用いることが記載され、同明細書第3図(a)及び(b)では、静電誘導ホトトランジスタ(SIPT)が3端子素子として用いられ、第4~第9図に記載された他の実施例においても、光感応素子が3端子素子として用いられていることが認められる。そして、本願第1発明では、光感応素子が3端子であることにより、ゲートにバイアス抵抗を設けることができ、クエンチ用光感応素子に光が照射されないオフ状態においても、抵抗値をコントロールすることが可能となり、光感応素子を介してわずかなゲート逆電流が流れることによって、静電誘導サイリスタをオフ状態に維持するためのゲート電圧を加えることができるものと認められる(甲第2号証明細書14頁8~11行、15頁3~8行)。

これに対し、引用例(甲第8号証)には、光感応素子として、同第3図(a)~(d)に、光導電素子、光トランジスタ、光で励起されるサイリスタ、光ダイオードが記載され、同第4図に、これらの光感応素子により制御される静電誘導サイリスタの回路が記載されているが、光感応素子を3端子素子として用いることや、短い時間幅のパルスにより制御を行うことは、いずれも記載ないし示唆されていない。

以上のとおり、本願第1発明と引用例発明とは、回路構成が実質的に相違しており、また、前示のとおり、静電誘導サイリスタの一般的性質として、ターンオフについて短い時間幅のパルスによる制御が困難であったという事実を考慮すると、引用例発明においても短い時間幅のパルスによる動作が可能となるはずであるという被告の主張を採用する余地はない。

また、被告は、当初明細書の各記載(甲第2号証明細書7頁3~6行、7頁8行~8頁8行、36頁2~4行)及び図面に基づいて、引用例発明と同様の従来形の光トリガ・光クエンチ静電誘導サイリスタでは、短い時間幅のパルスによって、オン・オフ動作が可能であることが示唆されていると主張する。

たしかに、当初明細書の第1図(a)及び(b)並びに「第1図(b)は第1図(a)の回路を駆動するための光パルスと動作波形例」(甲第2号証36頁3~4行)との記載によれば、引用例発明と同様の回路構成を有する従来形の光トリガ・光クエンチ静電誘導サイリスタでは、短い時間幅のパルスによって、オン・オフ動作が可能であることが明確に示されており、被告の上記主張もこれを根拠とするものである。しかし、上記の第1図(b)及び記載は、いずれも誤りとして、原告の平成5年9月20日付け手続補正書(甲第15号証)により削除されているから、このような削除された明細書の記載に基づく被告の主張が採用できないことも、やむを得ないところといえる。

さらに、被告は、引用例発明の特許出願に係る、審判請求理由補充書(乙第2号証)、意見書(乙第3号証)、昭和63年9月8日付け手続補正書(乙第4号証)及び公告公報(乙第5号証)の各記載から、引用例発明において、短い時間幅のパルスによりオン・オフ動作が可能であることが認定できると主張する。

たしかに、引用例発明の出願人でもある原告による上記手続補正の結果、上記公告公報には、「本発明においては光照射は導通状態から遮断状態への遷移時および遮断状態から導通状態への遷移時の短い時間のみ行えば良く、導通状態時の全時間あるいは遮断状態の全時間に光照射する必要はなく、より小さな光エネルギーで制御出来、きわめて効率のよいものである。」(乙第5号証11欄13行~12欄2行)と記載され、当該静電誘導サイリスタにおいて、短い時間幅のパルスによりオン・オフ動作が可能であることが明確に示されているものと認められる。他方、前示のとおり、引用例発明が、短い時間幅のパルスによる制御を行うものでないことは当事者に争いのない事実であって、引用例(甲第8号証)からも認められるところである。そうすると、原告による引用例発明についての上記手続補正は、引用例に係る特許出願の願書に最初に添付した明細書及び図面の記載を逸脱した不適法な補正といわざるを得ないが、このような不適法な補正に基づくものであっても、上記公告公報が、本願出願後の平成元年1月19日に公告されたものである以上、引用例と異なる同公報の記載によって、引用例発明を解釈することは許されないものといわなければならない。その他の上記書面(乙第2~第4号証)についても、同様であるから、被告の主張は採用できない。

被告は、引用例発明の回路において、光感応型半導体素子Dの静電容量を工夫することにより、本願第1発明と同様に短い時間幅のパルスによりターンオフが可能であると主張する。

しかし、審決は、前示のとおり、相違点の判断において静電誘導サイリスタの一般的性質を示しただけであり、引用例発明における光感応型半導体素子Dの静電容量の工夫に関しては、全く言及するところがないから、被告の上記主張は、審決を正当付ける理由とならないことが明らかである。

しかも、引用例発明において、連続的に印加される相補的なパルスで制御を行うことは、前示のとおりであり、このことと、引用例(甲第8号証)の第4図(a)及び「光照射が切れると、Dは遮断状態になる。SITサイリスタのゲート・ソース間容量にくらべて、Dの静電容量を十分小さくしておけば、SITサイリスタのゲートには殆んど電圧が加わらないから、SITサイリスタは導通状態に遷移する。」(同号証4頁左下欄4~9行)との記載を考慮すれば、引用例発明において、Dの静電容量を十分小さくすることは、照射される光の切替えに伴い、遮断状態から導通状態への速やかな復帰を図るための必須の構成と認められるから、この必須の構成に反して静電容量の値を大きく設定することは、当業者にとって容易に想到できるものではないといえる。したがって、その余の点について検討するまでもなく、被告の上記主張は採用できない。

3  以上のとおり、審決は、静電誘導サイリスタの技術内容を誤認した結果、引用例発明から本願第1発明が容易に推考できるとしたものであり、この誤認が審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、取消しを免れない。

よって、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成5年審判第16417号

審決

宮城県仙台市青葉区川内(番地なし)

請求人 財団法人 半導体研究振興会

昭和59年特許願第175734号「光トリガ・光クエンチ静電誘導サイリスタ」拒絶査定に対する審判事件(昭和61年3月19日出願公開、特開昭61-54871)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

Ⅰ.本願出願の経緯

本件審判の請求に係る特許願(以下、「本願」という。)は、昭和59年8月22日の出願である。

Ⅱ.本願発明の要旨

本願発明の要旨は、昭和59年12月26日付け、平成5年5月17日付け及び平成5年9月20日付けの手続補正により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の欄第1項、第4項、第6項、第8項及び第10項に記載されたとおりのものにあるものと認められ、同欄第1項の記載(同欄第1項に記載された本願発明を以下「本願第1発明」という。)は次のとおりである:

「(1)単一ゲート形静電誘導サイリスタと、そのゲートに接続された第一及び第二の光感応素子と、第一の光感応素子へ第一の光トリガ信号を照射する光源及び伝送媒体手段と第二の光感応素子へ第二の光クエンチ信号を照射する光源及び伝送媒体手段とから構成され、第一の光トリガ信号によって該単一ゲート形静電誘導サイリスタのゲートにトリガパルスが与えられてターン・オンされ、第二の光クエンチ信号によって該単一ゲート形静電誘導サイリスタのゲートにクエンチパルスが与えられてターン・オフされることを特徴とする光トリガ・光クエンチ静電誘導サイリスタ。」

Ⅲ.原査定の拒絶理由

原査定の拒絶理由は、要するに、本願発明は、その出願前に国内において頒布された特開昭55-128870号公報に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が、容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないというものである。

Ⅳ.引用公報に記載された発明

前記拒絶理由において引用した特開昭55-128870号公報(以下、「引用公報」という。)には、光で導通・遮断が制御できる静電誘導サイリスタに関する技術が記載されており、特に、第4図(d)及びこれに関係する説明の記載(例えば、第4頁上右欄2行-第5頁下左欄1行、第6頁下左欄15-19行)を参照すると、要するに、次のとおりの発明が実質的に記載されている:

「単一ゲート形静電誘導サイリスタ(SITサイリスタQ)と、そのゲートに接続された第一及び第二の光感応素子(光感応形半導体素子D2及びD1)と、第一の光感応素子(D2)へ第一の光信号(相補的関係に照射される光の一方)を照射する照射手段と、第二の光感応素子(D1)へ第二の光信号(相補的関係に照射される光の他方L)を照射する照射手段とから構成され、第一の光信号によって該第一の光感応素子(D2)が導通状態になると該単一ゲート形静電誘導サイリスタ(Q)がオン(導通状態)になり、第二の光信号(L)によって該第二の光感応素子(D1)が導通状態になると該単一ゲート形静電誘導サイリスタ(Q)がオフ(遮断状態)になるように、光でオン(導通)・オフ(遮断)が制御される静電誘導サイリスタ」。

Ⅴ.本願第1発明と引用公報記載発明の対比

本願第1発明と引用公報に記載された前記発明を対比すると、両者共に、「単一ゲート形静電誘導サイリスタと、そのゲートに接続された第一及び第二の光感応素子と、第一の光感応素子へ第一の光信号を照射する照射手段と、第二の光感応素子へ第二の光信号を照射する照射手段とから構成され、第一の光信号によって該単一ゲート形静電誘導サイリスタがオンされ、第二の光信号によって該単一ゲート形静電誘導サイリスタがオフされるように、光でオン・オフが制御される静電誘導サイリスタ」である点で、格別相違する所がないが、

前者(本願第1発明)が、各「照射手段」を夫々「光源及び伝送媒体手段」と規定し、「第一の光信号」を「第一の光トリガ信号」と、「第二の光信号」を「第二の光クエンチ信号」と、「光でオン・オフが制御される静電誘導サイリスタ」を「光トリガ・光クエンチ静電誘導サイリスタ」と、夫々、表現すると共に、単一ゲート形静電誘導サイリスタのオン・オフについて、「第一の光トリガ信号によって該単一ゲート形静電誘導サイリスタのゲートにトリガパルスが与えられてターン・オンされ、第二の光クエンチ信号によって該単一ゲート形静電誘導サイリスタのゲートにクエンチパルスが与えられてターン・オフされる」と規定するのに対し、後者(引用公報に記載された前記発明)は、「第一の光信号によって該第一の光感応素子(D2)が導通状態になると該単一ゲート形静電誘導サイリスタ(Q)がオンになり、第二の光信号(L)によって該第二の光感応素子(D1)が導通状態になると該単一ゲート形静電誘導サイリスタ(Q)がオフになる」としているだけで、このような表現乃至規定を有しない点で、相違する。

Ⅵ.相違点についての判断

前記相違点について検討すると、一般に、光感応素子へ光信号を照射するのに光源及び伝送媒体手段は必須のものであり、また、スイッチングデバイスをオン、オフに至らしめる動作を夫々トリガ、クエンチと称することは任意に採用し得る表現に過ぎず、そして、静電誘導サイリスタのように本来がラッチングアップ型のスイッチングデバイスは、連続的に制御信号を与えなくとも、スイッチング状態が遷移するに十分な時間幅のパルス状の制御信号を与えることにより、ターン・オン乃至ターン・オフすることができるものである。

従って、引用公報に記載された前記発明において、各照射手段を夫々「光源及び伝送媒体手段」とし、また、第一の光信号を「第一の光トリガ信号」と、第二の光信号(L)を「第二の光クエンチ信号」と、光でオン・オフが制御される静電誘導サイリスタを「光トリガ・光クエンチ静電誘導サイリスタ」と、夫々、称することは、極く容易に採用し得、そして、単一ゲート形静電誘導サイリスタ(Q)をターン・オン及びターン・オフさせるのに、単一ゲート形静電誘導サイリスタ(Q)のゲートに上記のようなパルス状の制御信号を与え、これをトリガパルス乃至クエンチパルスと称して、「第一の光トリガ信号によって該単一ゲート形静電誘導サイリスタのゲートにトリガパルスが与えられてターン・オンされ、第二の光クエンチ信号によって該単一ゲート形静電誘導サイリスタのゲートにクエンチパルスが与えられてターン・オフされる」とすることは、これ又、極く容易に採用し得る。

Ⅶ.結び

以上のとおりであるから、本願第1発明は、引用公報に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認めざるを得ず、本願は、原査定と同旨で拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

平成6年9月26日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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